海の雑木林

2019/3/14

陸の雑木林

昔の人は、里山を上手に使っていました。

いまふうに言えば、ゼロエミッションで環境負荷がきわめて少なく多様な生態系を持続的に維持しながら生態系サービスを享受していました。

要は、山で薪をとったり落ち葉を掻いたりしつつ、地表に影をつくる樹木を伐採して、林の新陳代謝を促していました。人の手が加わることで林には影響が与えられますが、その結果より多様な生き物が棲めるようになったわけです。

放置しておけば完全に安定した極相林になって大自然が復活、とはかんたんにはいきません。最初のスタート条件によって好ましくない安定点に落ちてしまうかもしれませんし、気候変動にも弱くなるかもしれません。生態系はとてもダイナミックで、人が管理することでもっと豊かにも、はるかに貧しくもなります。

海の雑木林

これから大規模な洋上風力発電ファームが建設されます。すでに環境影響評価手続きが進められており、何十という風車が海上に建つデンマークのような風景が見られるのも、そう先の話ではありません。

遠目でみますと、洋上風力発電ファームはなんだか鋼鉄でできた林のようにみえます。

この林を人間が上手に育ててやれば、海の生態系サービスを享受しながら環境影響を最小限に抑えられないか、というのがこのコラムのテーマです。

洋上風力発電の支柱を建てれば、騒音が発生しますし、流れも改変されます。一方で、平たい砂地にいきなり構造物ができますと漁礁効果で魚が集まってくるとも言われています。いずれの効果も、そこに棲んでいる生物の再生産まで含めた影響評価は不十分で、いまのところどちらも、期待と予想の範囲を出ません。

海の薪はもちろん電力です。10MWの風車の発電量は、年間では一般家庭約3,400世帯分の電力量に相当するそうです。エネルギーは十分に得られそうですし、化石燃料を燃やさずにすみます。

地面にうちこむ風車のモノパイルのまわりに、砕石のような複雑な構造物を置いたらどうなるでしょう。ジャケット式と呼ばれる鉄骨を組み合わせた構造であれば、そのままでもよいかもしれません。こうした複雑な構造は、稚仔魚の保護育成効果が期待されますし、隠れ場所を提供することで多様な生き物が捕食されずに生きながらえる可能性を高めます。実際に設置された漁礁はそのような効果を狙ったものです。サンゴ礁もまさにそういう機能をもっています。洋上風力発電ファームには、こうした効果はあるのでしょうか。

周辺からの栄養塩の供給は大丈夫でしょうか。あまりに貧栄養ですと生き物が育ちません。富栄養すぎれば繁殖サイクルの短い特定の生物が優先してしまいます。典型的なのは大発生したプランクトンによる赤潮です。多数の風車が建って潮通しが悪くなるとしたら、それを最小限に抑える風車配置を流体シミュレーションで計算できないでしょうか。得られた電力の一部を、コンプレッサーにつなげて海底から泡を発生させて水を撹拌したら、栄養塩と酸素の両方が供給できないでしょうか。

海域全体としてみたときに、風車のところに水産資源が集まって、周辺から資源を吸い取ってしまっていないでしょうか。それとも、保護育成効果で資源量全体が増してそこからしみだしていく源となるのでしょうか。同じパイをとりあうのでは、漁師さんは喜びそうもありません。パイ自体が増えているかどうか、ちゃんと検証できないでしょうか。

これらはすべて、期待というより妄想です。

妄想を現実に

妄想を現実にするには、実際に調べるしかありません。

新設風車のまわりに砕石を沈め、なにもしなかった風車を対照区として、3年から5年くらいかけてそこに生息する生物種と個体数とバイオマスを丹念に調べてみましょう。潜水調査でも環境DNAでもかまいません。いろいろな手法を組み合わせて多様性指数を計算し、試験区と対照区でどちらの生物多様性が高いか比較してみましょう。

流れに配慮したり、積極的に湧昇流をつくった場合と、なにもしなかった場合をやはり長期間比較して、風車周辺の生物量を調べてみましょう。設置型魚群探知機でもよいですし、このホーム―ページで紹介した鳴き声を聴く調査方法でもよいです。とくにイセエビのような岩陰に隠れるような種類は聴いたほうが便利です。

一部の魚やエビには超音波ピンガーやリボンタグなどの標識をつけ、周辺海域の漁礁と風車の間の行き来を確認しましょう。標識採捕を用いて資源量を調べ、それが年々増えているのか減っているのか確認しましょう。

これはもう環境アセスメントというレベルではなく、純粋な基礎研究です。どの要因が生物多様性に影響するのか、バイオマスを増減させるのはどういう組み合わせかを、数年後まで予想できるモデルをつくりましょう。

砕石を入れたり風車の位置を調整したり漁獲したりするのは、里山で適切に木々を伐採し光を地表まで届け、シカを狩りつつ山を見守るのと同じではないでしょうか。人が管理する里海はできないものでしょうか。これは養殖業とはまったく異なります。養殖では、どんどん餌を与え、新鮮な水の供給や浄化は海任せで、海に大きな負荷をかけています。そうではなくて、海を守りながら育てる場として、洋上風力発電ファームを使えないでしょうか。

海に雑木林をつくれるか?

こんなことをいいますと、雑木林と風力発電の鉄のパイルは全然違うではないかといわれそうです。そもそも持続的であったはずの海の生態系にたくさんの鉄の柱を埋め込んで環境改変したわけですから、自然の営みとはまったく違うというのはそのとおりです。

人間は建造物をつくらずとも、すでに海の生態系に重大な影響を及ぼしています。漁業資源の減少だけではありません。海洋プラスチック汚染、海洋温暖化、富栄養化による貧酸素水隗など、挙げればきりがありません。海の環境収容力は限られており、もはやほっておけば自然の豊かな海に戻ってくれるわけではないのです。

私たちが、そして後の世代のみなさんが望ましいとおもう海の環境を、末永く残していくためには、放置ではなく積極的な関与が必要だと思います。

「海の雑木林」は魅力的な考え方です。それを里山の雑木林のように機能させるには、しっかりしたモニタリングと管理が必要です。下手をすれば、大規模な杉の植林を行ったものの、林業の担い手が減り外国の材木に押されて荒れ放題の暗い林床と大量の花粉をまき散らすような結果になりかねません。

しっかりした基礎研究と再現性のある証拠の積み重ねがとても大事です。期待や不安を繰り返し述べるだけでは、堂々巡りでお金ばかりかかり、海の環境影響評価などできるわけがないのです。いまこそ、洋上風力発電ファームの建設における、信頼できる調査結果が必要です。

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