海の生き物のアセスメント その2

~問題は水中音~

水の中では音は遠くまで届く

抜き足、差し足、忍び足。忍者のように音を立てずに歩くことはむずかしいです。なにかが動けば必ず音や振動が出ます。たとえば、会社の上司や先生が近づいてくる足音には、みなさん敏感ではないでしょうか。場合によってはその音から、本日のご機嫌までわかるかもしれません。音は嘘をつけません。

さておき、海中工事ではわかりやすい汚染物質がばらまかれることはあまりないですが、工事をしたり何かを海中に建てれば、水の濁りや流れの改変、風車の影や景観への影響があります。なかでも音と振動は避けがたく遠方まで届くので、影響項目として重要です。

まず水中では見通しが効きません。空を見上げれば飛行機雲が見えるでしょう。飛行機はだいたい高度1万mを飛んでいます。つまり10キロ先まで空気中は見通せます。水中はどうでしょうか。10m先でも難しいです。とてもきれいな市営プールであれば、水の中に潜ってもなんとか25m先まで見えるでしょう。でもふつうの海では、下手をすると立っている足が見えないくらい濁っていることもよくあります。

光は、水中では遠くまで届きません。これが水の中の生き物の観察を難しくしています。たとえば、陸上のアセスメントでよく使われる植物の種類ごとの分布を示した植生図は、衛星写真と現地踏査でかなりの精度と密度で示されます。衛星で見えるのは基本的には光や電波ですので、海の表面に浮いている植物プランクトンまでは見えますが、その下はまったくわかりません。もちろん人が踏査して調べることもできません。海の中をみるのは、陸上に比べ格段にむずかしいのです。

水中の音は遠くまで瞬時にとどきます。音速は一秒間に1.5km。人間が走れば5分かかるところを、水中の音は1秒でとどきます。空気中の5倍のスピードです。水中では、音はとても遠くまで届きます。極端な例ですが、インド洋で発した音が大西洋のバミューダ諸島沖で計測されました。Munkというひとが行った有名な実験です。海中の音をよく伝える層のなかでは、音は地球を1/4周できます。

そのため、海の中をみる手段は昔から音と相場が決まっています。魚群探知機や潜水艦ソナーがよい例です。最近は、核実験のモニタリングなどという物騒なことにも水中音が使われていますが、こうした話題はべつの機会に譲りましょう。

海の生き物は音に敏感

海中で音を使っているのはなにも人間ばかりではありません。それよりずっと以前から、海の生き物は音にかなり頼って生活してきました。海の生き物は音に敏感なのです。イシモチというお魚の名前、きいたことがありますか?頭に石がはいっているのでイシモチというのだそうです。この石が実は、音を聴く器官の一部なのです。耳石といいまして、それを包む袋の周りに神経細胞が生えていて、音で揺らされると石が神経細胞を刺激して、脳に信号を送ります。ほとんどの魚が耳石をもっています。ということはほとんどの魚は音が聞こえるということです。

魚の脳波で聴覚を調べる方法があり、これまでにたくさんの魚の聴覚特性がわかってきました。音を聞かせると微弱な電位が頭部に生じるため、音の大きさを変えながら何度も聞かせて電位が生じるかどうかで聴こえの有無を測ります。多くの魚は数百Hz(一秒間に数百回大きさが変化する音)に感度が良いとわかっています。数百Hzといいますと、人間が海中で工事をしたり探査をしたり船を動かしたりするときに出る音です。下は、そのわかりやすさからたいへんよく引用されている図です。横軸が周波数で、赤い棒や青い棒がいろいろな海の生き物が聞こえる範囲、灰色の四角がいろいろな水中騒音源の周波数範囲です。残念ながらと申しましょうか、困ったことに、人間が発する水中騒音は、魚や大型のクジラがよく聞こえる周波数にどんぴしゃりです。ちなみに私たちが喋っている声も300Hzから500Hz程度で、この範囲です。

Slabbekoorn, H., Bouton, N., van Opzeeland, I., Coers, A., ten Cate, C., & Popper, A. N. (2010). A noisy spring: the impact of globally rising underwater sound levels on fish. Trends in ecology & evolution, 25(7), 419-427.

さて困りました。人間が海洋を利用すれば必ず音が出て、その周波数は多くの海の生き物が一番よく聞こえる範囲で、しかも音波は瞬時に遠くまで届くというのです。光や電波の比ではありません。水中の物理刺激のなかでも、環境アセスメントで最も重要もののひとつが音であるのは疑いないです。

では音を聞いた海の生き物には、どんな影響がでるのでしょうか。これは、次回にご紹介しましょう。

連載回(飛ばないときは未完稿です)

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