海の生き物のアセスメント その3

~どんな影響があるか~

海の生き物は文句を言えない

うるさい音に長い間さらされていれば、人間だって頭が痛くなったりイライラしたりします。でも音の感じ方はひとそれぞれで、静かな住宅地では隣家のピアノがかすかでもうるさく感じるかもしれませんし、街中では人の話し声も気にならないでしょう。

人間はいろいろ文句をいってくれるので、たくさんのひとの意見を総合すればどのあたりが迷惑なのかという基準をつくることができます。たとえば住宅地の騒音の環境基準は、許容レベルが数字で示されています。これなら、騒音を物理的に計測すれば、環境基準を上回っているかどうかすぐにわかります。

海の生き物はどうでしょうか。うるさいと言ってくれるわけではありません。聴覚感度をはかったとしても、それは聞こえるかどうかという基準であって、生物に影響があるかどうかはわかりません。影響も、上のような心理的なものもあれば、一時的に音が聞こえにくくなったり、場合によっては聴覚感度が永久に悪くなったりします。ひどいときには内臓が損傷したり死んだりします。

海の生き物への音の影響

実際に報告されている例をいくつか見てみましょう。

一トンの爆薬を水中で爆発させたときに、魚介類がどのくらいの距離で死ぬかを調べた畠山ら(1997)の実験があります。過激な実験ではありますが、爆薬で穴をあけたり巨大な杭を打ったりする海中工事は珍しいことではありません。この実験によれば、アイナメやウナギは爆発の衝撃にもかなり耐え、爆源から50m以内でなければ死にません。一方、ハマチやクロダイは150m程度でも死亡します。このような事態は、影響としては最悪で、避けるべきでしょう。

やむを得ず発破をかけるときには、周辺の生き物への影響を最小限にとどめるように、音を遮断する泡のカーテンをつくるとか、引き潮をまったり一時的に囲ったりしてできるだけ水深を浅くしてから爆発させるとかの工夫が必要でしょう。

もう少しマイルドな影響としては、聴覚をつかさどる神経細胞が破壊される事例もあります。東京湾にもいるコウイカという種類に音を曝露して、電子顕微鏡で有毛細胞を見ますと、下の図の左側は健全な形をしているのですが、音の曝露後の右側はそれがすりきれたようになって破壊されているようすが確認できます。永続的に聴覚感度がわるくなるのは、こうしたメカニズムによるものでしょう。

Andre, Michel, et al. "Low‐frequency sounds induce acoustic trauma in cephalopods." Frontiers in Ecology and the Environment, 9(9) (2011): 489-493.

一時的に聴覚感度がわるくなるのはよく観察されます。イルカは賢い生き物ですので、音が聞こえたときは左のパドルにタッチ、聞こえなかったときは右のパドルにタッチといった訓練を施せます。こうしておいてイルカに音を聴かせ、聞こえたかどうかを報告してもらいます。そのときに、イルカに聞かせる音の大きさをいろいろ変えてやると、イルカが聞こえる一番小さいレベルがわかります。ところが大きな音を聴かせた後には、イルカは小さい音が聞こえなくなります(赤矢印のところ)。▲の点が上に行くほど、聴覚感度がわるくなります。ただそのあと同じ実験を繰り返しますと、聴覚感度は元にもどります。一時的な聴覚感度の悪化、英語ではTTS(Temporal Threshold Shift)と呼ばれている現象です。

これまでの例は、生理的にあるいは物理的な影響が生体に及ぶレベルで、人間であればとても許容できないでしょう。むしろ現実的なのは音を聴いて行動が変わる場合です。たとえば、潜水艦探知用のソナー音を回遊中のコククジラにカリフォルニア沖で聞かせますと、コククジラは明らかに音源を避け、1km以内には近寄りませんでした。音源はまんなかの黒い点です。音を出したPLAYBACKの時が図の上側です。まったく同じ状況で音だけ出さなかったのが下側です。浮上したコククジラの位置を測量器で追っていきますと、音を出したときは音源を避けていました。

畠山ら(1997)は、マダイを対象として音の影響をわかりやすい図にまとめています。曝露された音の音圧レベルを縦軸に、その音の周波数を横軸にとって、損傷がおこるレベル、威嚇されるレベル、誘致されるレベル、ぎりぎり聞こえるレベルを示しています。

畠山 良己,井上 喜洋,武井 司, 坂口 清次,藤井 圭次,池田 昭男,北川 高司 (1997)水中音の魚類に及ぼす影響, 水産研究叢書, 47, pp.132, 日本水産資源保護協会発行, ISBN 0913-0616.

この図は水中音の環境アセスメント図書でたいへんよく引用されています。たしかにわかりやすく使いやすいのですが、対象種はマダイだけです。海にはたくさんの生き物がいますので、マダイの反応だけで代表させるのは無理があります。ではどんな種が、水中騒音の影響を受けやすいのでしょうか。

次の連載では、どの海の生き物に注目すればよいのかを考えます。

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