海の生き物のアセスメント その6

~ずっと待ち続けるイルカ観察ロボット~

置きっぱなしが楽

前回お話しした船で引っぱりまわす音響観察は、実はあまり行われていません。イルカがたくさんいるところであれば有効なのですが、たいてい一日走り回って数頭検出できるかどうかというところです。

このごろのイルカのアセスメントは、録音装置を二週間から一か月ほど置きっぱなしにしているものが多いです。洋上風力発電所というのは、ある場所に建設されてずっとそこで発電するのですから、その場所で野生生物への影響があるかどうかを長い期間で確認するのが理にかなっています。

装置を置きっぱなしにしますと、目視観察ではまったくイルカを発見できなかった水域でも、たくさん確認できることが多いです。多くの海の生き物は気まぐれで、広い範囲を移動します。ましてイルカは猛禽類のように巣をつくるわけではないので、今日そこにいたからといって、明日いるとは限りません。このため二日間ほどその海域を目で見続けて、「いた」とか「いない」というデータを得てもあまり意味がありません。24時間ずっと数週間観察し続けて、ようやくどのくらいの頻度でそこを訪れているかがわかります。陸上でもそうですが、希少な野生生物はそう簡単に見つけられません。

こういう状況での観察は、音響装置の出番です。耳を澄ませて、一か月ずっとイルカの声を待ち続ける観測ロボットです。最近の録音装置は消費電力が少ないため、市販の電池で一か月くらいもたせられます。

声でいつ来たかがわかる

実際の応用例をみてみましょう。

福島県沖に設置された本格的な浮体式洋上風力発電所の実証プラント水域です。これからお示しするデータは、すでに浮体式洋上超大型風力発電機設置実証事業環境影響評価書の386ページから393ページに公表されています。

このアセスメントでは、沿岸から風車のある沖合まで4つの定点が設けられました。沿岸のO-1定点は浅く、水深20m程度です。真ん中のO-2定点は水深70m、風車のあるO-4定点は120mです。日本の海は深いところが多くそこに強い風が吹いているのですが、水深120mともなりますと杭を打って風車を建てるには深すぎます。このため、将来の洋上風力発電は現在盛んな着床式ではなく、浮体式とよばれる大きな台船のうえに風車をのせる方式が増えてくるはずです。なお、もうひとつその南側にO-3定点がありますが、今回はそのデータはご紹介しません。

それぞれの定点にブイを打ち、電池を増強したA-tagを水中にくくりつけました。さて、一か月放置しておきましょう。

図1 福島沖の沿岸と沖合に、イルカ観測用の録音装置を沈めました

一か月後。船を雇ってA-tagを回収しに行きます。海に泥棒はあまりいませんが、荒れたり、たまに船がぶつかったりして機械がなくなることもないとはいえません。ちゃんと戻ってくるとほっとします。

回収したA-tagは軽く水洗いして蓋をあけ、パソコンにつないでデータを吸い出します。一か月のデータでも100MB程度です。生の録音ではなく、イルカの音声の特徴的なパターンのみ抜き出して記録するので、データがとても圧縮されています。解析はPC上で行います。プログラムを通すとほとんどの雑音は除去されます。最後に人間が目で見て余計なデータが残っていないか確認します。

では、最後のスクリーニングが終わったあとの生データをみてみましょう。

一か月を一時間ごとに区切ります。だいたい720時間です。それぞれの一時間にイルカの声が一回でも記録されれば「いた」とします。一度も記録されなければ「いない」とします。イルカがいた時間を黒、いなかった時間を白として表示したのが下のバーコードのように見える図です。

図2 沿岸には頻繁に、沖合には5月の後半からイルカが訪れていました

沿岸の定点O-1は黒々しています。イルカがたくさん来ていたようです。一日以上いかなったのは数えるほどしかありません。一方、沖合の2つの定点は5月中は白い期間が長く、6月に入ってから黒い棒が増えています。どうも沖合ではイルカが来る時期に偏りがあるようです。

夜に来るか、昼に来るか?

一日のうちいつ来たかをみてみましょう。沿岸では昼間に多く、沖合では夜間に多い傾向がみられました。沿岸と沖合ではイルカの海域の利用方法がちがうようです。ちなみにこのデータが正しければ、もし沖合に船を浮かべて朝9時から夕方4時までイルカを一か月目視観察してとしてもほとんど見えないでしょう。

図3 沿岸には昼間に、沖合には夜間に多くのイルカが訪れていました

どうも、沿岸と沖合では来ている種類が違いそうです。

声で科を判別

イルカの音声はマイルカの仲間とネズミイルカの仲間で大きく違います。マイルカの仲間は一瞬で音が終わるとても短いパルス音で、周波数範囲が広くため広帯域鳴音です。一方ネズミイルカの仲間は音がやや長く続き、狭い周波数範囲に成分がかたまっています。この性質を利用して、音だけでどちらの仲間がきていたか判別できます。

図4 マイルカ科とネズミイルカ科の声の違い

声の性質の違いから、各地点で検出されたイルカを科ごとに分けたのが下の図です。縦線の左側がマイルカ科、右側がネズミイルカ科です。縦軸は記録された声の回数です。高い周波数に声のエネルギーがかたまっているネズミイルカの場合、横軸の指標が右側にきます。

これをみますと、沿岸のイルカはネズミイルカ科がほとんどで、沖合は多くがマイルカ、発電所のあるO-4定点にすこしネズミイルカ科がまじっていることがわかります。このあたりに生息するネズミイルカ科はスナメリとイシイルカです。とくに沿岸域はスナメリと考えられます。東京湾-仙台湾系統群とよばれる個体群の一部です。千葉沖には多く生息していると知られていましたが、福島の沿岸にもずいぶんいるのですね。一方、沖合のO-4定点のネズミイルカ科は外洋に生息するイシイルカでしょう。またマイルカ科は、同時期に行われた目視調査の結果をみますとカマイルカの可能性が高そうです。

図5 沿岸にはスナメリが、沖合には主にカマイルカが来ていたと思われます

イルカが音でみている距離がわかる

これらの定点の周辺でイルカたちがなにをしていたのかが気になるところです。

声をよく調べますと、イルカが探索していた距離が推定できます。イルカは超音波の音声を発して、餌や障害物からの反射音をきいて水中でものを探るエコーロケーションという能力をもっています。イルカはごく短い音を立て続けに発しますが、その発射間隔はイルカが調べている距離の最大値におおむね比例しています。イルカは自分の発した音のこだまが自分までもどってきてから次の音を出すように調節しているため、距離が長いほど待たなければならず、音の発射間隔が延びるのです。

ハワイで行われた実験では、いろいろな距離に対象物体をおいてイルカに探らせ、その音声を記録しました。すると、遠ければ遠いほど発射間隔が長くなっていました。

図6 声の発射間隔から、イルカが音で探索している距離がわかります

逆に、声の発射間隔を調べればイルカが音でみていた最大の距離を推定できます。

福島のデータにもどって解析してみますと、沿岸のスナメリは40m以下の比較的短い距離を探索していました。一方、沖合のマイルカ科は50m以上の遠距離探索を頻繁に行っていました。

現れた種類が違うだけでなく、そこでの探索の仕方も異なっていました。

図7 沿岸のスナメリは短距離探索、沖合のマイルカ科は遠距離探索をしていました

装置を置いておいてわかること

これまでの結果からおぼろげながら見えてくるのは、福島沖の浮体式洋上風力発電所の建設水域にはマイルカの仲間が多く、遠距離を探索しながら回遊し、ときどき現場付近にあらわれるということです。一方、建設用の船が行ったり来たり、電力輸送のための海底ケーブルが通る沿岸域にはスナメリが多く、すくなくとも5月の観測期間内はいつもその海域にとどまっていて、餌の探索と思われる短距離ソナーを使用していたと考えられます。

図8 録音機を沈めておくと、これまで見えなかったイルカの来遊状況がわかってきました

小さな装置をブイにくくりつけて放置しただけなのですが、周辺のイルカの生態についていろいろなことがわかってきました。人間の観察労力と手間を省いて、忍耐強くイルカを記録し続ける音響手法は、洋上風力発電の環境アセスメントに適しています。

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