海の生き物のアセスメント その7

~評価と予測をどうするか~

環境アセスメントの基本は?

これまでのおはなしで、道具立てはそろってきました。問題となる要因、対象種、調査手法は、だいぶ見えてきました。

でも影響の評価を行うには、調査のやりかたもとてもだいじです。とはいえ考え方はとても単純で、工事が始まる前と工事中と工事が終わったあとで、イルカがいたかどうかを比較すればよいです。

「なあんだ。そんなことか」といわれそうですけれど、ちゃんとこれをやっているアセスメントは意外に少ないのです。よくあるのは工事前や工事中に一回だけ調査をやって、イルカはほとんどいなかったので影響なしと宣言するパターンです。逆にイルカがたくさんいたから、工事では注意しましょうと言うのですけれど、工事後のフォローアップがないので本当に影響を回避できたかわからないというのもよくみられます。

事前のリスク評価はだいじですので、調査回数が少なくてもそれじたいは今後もすすめるべきです。でも、このくらいの音を出したらこのくらいの影響がありますよという基準となるデータがほとんどありません。いま、具体的な影響を測るのはとても重要です。でないと騒音もイルカの来遊も測れるけど、いつまでたってもその2つを組み合わせた評価ができません。騒音の海洋生物への影響は、海域や種、音の性質によって異なるでしょうから、基準を定めるにしてもたくさんの事例評価が必要です。

調べたいのはある海域にどのくらいのイルカがいるかではなくて、工事の影響があるかどうかです。工事の前と後で比較しなければその影響で減ったのか、そもそもそこにはあまりイルカがいなかったのかはわかりません。

日本ではじめての本格的洋上風車が千葉県の銚子沖に建てられました。そのときの例をみながら、影響評価を実際にどう行うか確認してみましょう。銚子沖はイルカウォッチングが観光として営まれているほど鯨類が豊富な水域で、とくにスナメリは港の中まで入ってきて陸からも見えたりします。建設海域はスナメリの生息域のなかにあり、指標生物としておあつらえです。

よくあるアセス

工事中だけ録音機を置くなり目視観察するなりしてイルカがどうも少ないというデータが得られたとしましょう。下の図のシナリオ1の状況です。でもこれだけでは工事前から少なかったのか、工事中に限って少なくなったのかわかりません。シナリオ2のように前後と比較するのがだいじです。

図1 工事中のみを調べたシナリオ1と工事の前後も含んだシナリオ2

工事前、工事中、工事後の比較

そこで、銚子沖でもちゃんと比較してみました。前回ご紹介した置きっぱなし録音機A-tagを用いた計測結果です。洋上風車を建てる予定の開発区で、工事の前と工事中および工事の後でスナメリがどのくらい訪れたかを調べてみました。

イルカの出現時間帯を日周変動のグラフで声の数を示すと、明らかに工事中の検出が減っていました。

図2 工事中のみスナメリがいなくなった

対照区との比較が重要

普通はこれだけやれば工事の影響があったと言いたくなります。でもちょっとまってください。もしかしたらたまたま工事中にぜんぜん別の原因で餌の魚がいなくなっていたかもしれません。

それを検証するには、開発区と似たような環境ですが工事を行っていないところで、まったく同じ観測を行えばよいです。科学の実験でいうところの対照区です。もし、対照区でも工事中にスナメリの検出が減っていたら、それは下の図のシナリオ3です。おそらくなにか別の自然要因でこの時期だけスナメリがいなくなっていたのでしょう。もし結果がシナリオ4であったとしたら、これではじめて影響があったと言えます。開発区で工事中のみスナメリがいなくなっているからです。

図3 工事の影響か自然現象かを切り分けるには対照区での計測も必要

スナメリは工事の影響を受けたが、一年後には戻ってきた

実際の結果は、シナリオ4でした。スナメリは開発区で工事中のみ減っていました。

図4 開発区で工事中のみスナメリが減った

これは、予想された結果でもあります。銚子沖の風車は重力式といって巨大な鉄筋コンクリートの土台を海中に沈めてその上に立っています。沈める前には水中で重機をつかって地ならししたり石を放り込んだりしますから、一時的に生き物に影響がでるのは避けられません。

でもだからといって開発をやめろとはなりません。環境影響評価の意義は、影響をゼロにすることではなく、社会が求める開発が自然環境に重大な影響を及ぼさないように調べて対策をとる点にあります。

データをみますと、工事後の開発区にはスナメリが戻ってきています。夜に多い傾向も工事前とおなじです。残念ながら工事直後から連続して観察したわけではないので、いつ戻ってきたのかはわかりません。少なくとも一年たったら戻っていたというデータです。

影響評価は白か黒かの2つに意見がわかれてしまうと収集がつかなくなります。具体的にどのくらいの時間空間スケールで影響が認められるのかをしっかり把握する必要があります。

この銚子沖の水域では、東京電力による大規模な洋上風力ファームの建設計画がすすんでいます。単独の風車とは異なった影響が予想されます。ぜひ、科学的にも信頼できる環境アセスメントをしていただきたいですね。

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