海の生き物のアセスメント その8

~騒音が影響する最大距離を見積もる~

じつは騒音の影響予測は簡単です。測るものを測れば、影響がなくなる距離を示せます。風車がたくさん立ち並んだときの累積的影響も、単純に足し算すれば予測できます。

今回ご紹介する手法では生物種にかかわらず絶対安全ラインが決められるのが強みです。

元が大きな音は遠くまで届く

遠くまで声を届かせようと思ったら大きな声を出しますよね。音は距離に反比例して小さくなるので、元が大きければ大きいほど、遠くにいってもそれなりの大きさで届きます。元の音の大きさを音源音圧レベルといいます。音源音圧レベルが大きいほど、音は遠くまで届きます。

まわりが静かなほど音は遠くまで届く

でも、同じ大きさで叫んでも聞こえるときと聞こえないときがあります。まわりがうるさいと大きな声でしゃべっても相手に伝わりませんが、静かなら遠く離れていても聞こえます。

ある日のこと、揚子江での調査から船で港にもどってくるときです。小さな船とすれ違いました。300mくらい離れていたでしょうか。知り合いだったらしく漁師さんたちはなにか叫んでいましたが、さすがにわからないようです。でもエンジンを止めると、私にもしっかり聞こえました。中国語なので内容はわかりませんでしたが、まわりが静かならトランシーバーなんていらないんじゃないかと思いました。

こんな距離で話ができると驚きつつ、自分がいつも暮らしているところは意外にうるさかったんだとあらためて思わされました。車の騒音や人の話し声があふれていて、街中では300m離れていたらとても会話できません。静かな揚子江のうえだからこそできた会話です。

音が届く距離

音は伝える媒質があればほんとうはどこまでも届きます。ただ、まわりがうるさいと聞こえなくなるというだけです。

よく、そのクジラの声はどこまで届きますかとか、あの機械では何mまでイルカが検出できますかというご質問を受けます。これに答えるには、その場のうるささを知らなければなりません。

もし海が限りなく静かで、世界でたった一隻しか船が動いていなかったら、その騒音は太平洋全体に届くでしょう。でもそんなことはありえません。海中は沈黙の世界ではなく、かなり騒々しいので、船の騒音はある程度の距離までいったら他の音にかき消されてしまいます。

音が届く距離は、元の大きさとまわりのうるささによって変わります。

絶対安全距離を見積もる

これまでの知識で、騒音影響がない絶対安全距離を求める準備ができました。その計算はこうです。

出された音が物理的に検出できなければ、騒音の生物への影響はないと仮定しましょう。この場合、聞こえるかどうかは生物種の聴覚とは関係ありません。元の音の大きさとまわりのうるささで決まるので、この2つを測っておけば絶対安全距離を計算できます。

これまでのお話をまとめてみましょう。元の音の大きさつまり音源音圧が決まれば、ある距離で受ける音圧は、距離に反比例して小さくなります。小さくなった音の大きさがその海域のうるさ、つまり背景雑音の大きさを下回ると、その音はどうがんばっても聞こえなくなります。そのときの距離は簡単な一次方程式で求まります。

図1 同じ音源音圧でもまわりの雑音の大きさによって聞こえる距離がかわる

風車がたくさんあっても考え方はおなじです。すべての風車の位置からある場所までの距離を測り、それぞれの風車から出る音のその場所での受信レベルをすべて足し合わせます。これが背景雑音レベルよりも小さければ、その場所での風車の騒音影響はないといえます。

絶対安全ラインを計算しておくのは、とても現実的です。音そのものはどんなに小さくても理論的には太平洋全域に広がりますが、それが検出できる最大の距離はちゃんと計算できます。

つまり騒音の影響評価にあたって、その距離より外側にいる生物への影響は考えなくてよいのです。これは聴覚の感度によりません。個々の生物種にはよらないということです。生物の感度は、たいていの場合は背景雑音レベルの下にあります。生物ががんばって聞こえるかどうかという限界より背景雑音レベルが大抵おおきいので、騒音の到達距離は物理的に計算できます。専門用語ではマスキングのために聞こえなくなるといいます。

そう簡単な話ではない

ここまで、未舗装の砂利道をアクセル全開でぶっとばすような荒っぽいご説明をしてきました。実際の話はそう簡単ではないので、すこし注釈をつけさせてください。

まず、音が伝わるときの小さくなる割合は距離に反比例といいましたが、海底の形や底質。周波数、さらには海水の温度分布によってかわります。

二つ目に、これまでの話は特定の周波数成分に限った音の大きさの比較であって、元の音が異なる周波数ならば雑音レベルより小さくても聞こえます。

三つ目に、影響がまったくない距離は出せますが、これはどんな状況でも影響がないと言っているわけではありません。その距離より音源に近ければ聞こえる可能性があり、あまり近ければ聴覚障害を引き起こすレベルになるかもしれません。

四つ目に、背景雑音レベルも音源レベルも時々刻々かわるのが普通で、時間的に音のエネルギーを積分して比較する必要があります。このとき、どのくらいの時間平均をとるべきかは、騒音の性質と生物の聴覚特性によります。

これらの注意点をクリアして精度を上げるのは簡単ではなく、専門的な知識が必要になります。でも原理はまったくかわりません。騒音源から離れたところで背景雑音と騒音が同じになる距離を求めればよいです。

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