水中音をちゃんと測るには?

こんなはずではなかった

水の中の音を測るには、水中マイクロホンを水面から垂らせばいいはずです。マイクから出てきた電圧に換算係数を掛ければ音圧がでますし、周波数成分をみたければ市販のソフトウエアでパワースペクトルを計算すればよいはずです。

でも、実際にやってみますとこんなはずではなかったという驚きがたくさんあります。水中音計測は注意して行わないと、とんでもない値がでてきてしまいます。

たとえば、音源から遠くにいくほどそれに反比例して受ける音は小さくなる「はず」なのですが、実際にはそうならないデータはたくさんあります。

あるいは、目の前のスピーカーから音が鳴っているのに、90センチ離れたところで聞こえないのです。90メートルの誤植ではありません。90センチです。見えないけど聞こえるというのはよくありますが、見えているのに聞こえないのは奇妙です。

一つの音が3つになったり、1kHzの音を出したのに測ったら2.6kHzだった。そんなばかな、と思われるかもしれません。

いったいなにが起こっているのでしょう。

自然のノイズキャンセル効果

ノイズキャンセリングヘッドホンをご存知でしょうか。飛行機にのっているときにこれをつけると、しーんとします。音がキャンセルされます。原理はとても簡単で、マイクロホンで拾った音と反対側に振動する音を再生しています。音は空気や水の圧力の振動ですから、圧力がプラスになったらマイナスを、マイナスになったらそれと同じ大きさのプラスの音圧を足してやれば、プラマイゼロになります。

いわばのれんに腕押し。押さば引け、引かば押せです。で、こんな現象が水面のすぐ近くで起こっています。水面は音の圧力に押されるとなんの抵抗もなく上に押し上げられます。逆に引かれると下がります。水面は空気と水の間のふにゃふゃの境界ですから、圧力は大気圧といつもいっしょで音圧の変化が起これないのです。水面は理想的なノイズキャンセルシステムです。

では音を出している水中スピーカーを水深10mくらいに沈めて、水面から頭を突っ込んできいてみましょう。なにも聞こえません。頭が浅すぎて、水面のノイズキャンセル効果をもろにうけるので、どんな音もなくなってしまいます。

水槽で同じことをやるともっとひどいです。アクリル水槽の壁は堅そうにみえますが、音の圧力からみたらふにゃふにゃです。つまり、水面だけでなく前後左右の壁も底もすべてがノイズキャンセル効果を発揮します。熱帯魚を飼う時によくつかう幅90cm水槽の一方に小さな水中スピーカーをつっこみます。空中で聞こえることを確認してからです。それで、もう一方の端に水中マイクロホンをいれてもなにも聞こえないのです。たった90cmなのに。

マイクをスピーカーに近づけると、急に音が大きくなっていきます。距離に比例してではありません。ほんの少しの距離の違いが大きな受信レベルの違いになります。スピーカーまでの距離が水面や水槽壁よりずっと近くなると、ノイズキャンセル効果が小さくなるからです。

水槽はお寺の鐘

小さな水槽は、鐘のように響きます。90cm水槽なら共振周波数は2.6kHzです。鐘はどんなふうにたたいても音の高さは同じです。音色のわびさびはおいておきまして、基本周波数は決まっています。おなじことが水槽でも起こります。

90cm水槽に魚と水中スピーカーを入れて、水中の杭打ち騒音を真似た1kHzの断続音に対する反応行動を見ましょう、という実験を行うのはほとんど意味がありません。

実際に測りますと、2.6kHzの音で水槽全体が満ちています。それもだいぶ余韻が残ります。元々のたたいた音が1kHzであっても、生き残るのは共振周波数だけです。ちなみに2.6kHzは水深を40cmにしたときで、水深を浅くすれば共振周波数はもっと高い音になります。

水面や水槽壁からのノイズキャンセル波は、水槽を一往復するとぐちゃぐちゃに混ざります。ところが、水槽の端までいったときにちょうどそちらの水槽壁で反射されるのと同じ方向の圧力振動であったらどうでしょう。今度はお互いに高め合って、邪魔するどころか大きくなります。特定のタイミングで音が振動して狭い空間を行ったり来たりすると、こうした共振が起こり、その周波数だけが生き残ります。

1kHzの音を出したつもりが、水槽という鐘を叩いていたわけです。しかもその中に入れられた魚はたいてい底にへばりつきます。水槽の底もノイズキャンセル効果がありますので、静かなのです。騒音の影響評価で行った実験ですのに、目的としていた周波数も音の大きさも、まったく再現されていません。

海は狭くて小さい

一見広くて大きいようにみえますが、沿岸の水深20mくらいのところでは水中音はだいぶ窮屈にふるまっています。

洋上風力発電所でも船舶でも港の工事でも、出てくる音はだいたい100Hz前後です。この周波数ですと、水中での波長は15メートル。つまり音が一回振動する間に海底まで届いてしまいます。

こういう状況で発せられた音は、その音を受ける場所によって圧力振動が逆のキャンセル効果もあれば、たまたま圧力振動が同じ鐘効果が主になるところもあります。音響用語ではこれを干渉といいます。キャンセルとなるか鐘となるかは、水深や音源からの距離、海底地形によってかわり、音源から離れていくと2つの効果が交互に現れます。

水面に船を浮かべて、洋上風力発電の杭打ち建設工事の音を測るとしましょう。船は少しずつ流されますから、時々刻々と受信される音が大きくかわります。音源から離れれば離れるほど音が小さくなるわけではありません。実際には、音源から離れるにつれ大きくなったり小さくなったりを繰り返します。

また海面でのキャンセル効果も考慮しなければなりません。水中マイクロホンはできるだけ水深の半分くらいのところまで吊り下げましょう。水面近くでは音はとれません。海底は岩でできているか泥なのかで反射や吸収がことなります。海底にもあまりマイクを近づけない方がいいでしょう。

もうひとつ注意しなければならないのは、音が球状に三次元になめらかに拡がってくれるわけではない点です。底からも水面からも反射されます。すると、杭打ち音が一発であったのに、受信したら3つに聴こえるときもあります。

複雑な反射波同志は打ち消し合う傾向にあるので、音源から斜めに向かった音はなくなっていき、水平に向かった音が生き残りやすいです。このときは円筒拡散といって、距離が大きくなっても音のエネルギーはそれほど小さくなりません。ただし海底の下まで音は通っていきますので、完全な円筒拡散にもなりません。

洋上風力発電所を建てたり、港をつくったりする水深は20mくらいまでです。浅い海では反射や干渉の効果がすべてごちゃまぜになって起こります。船から水中マイクを垂らして、どこか一か所で工事の騒音を測っても、ほとんど比較に使えないデータになってしまいます。

じゃぁ、どうやって測ればいいの?

水中マイクロホンを80個用意します。ひとつのブイのガイドロープにマイクを10個つけ防水箱にいれた録音機につなげます。このブイを音源から10m, 20m, 40m, 80m, 160m, 320m, 640m, 1280mに打ち、音を測ります。この実験を音源から16方位、つまり16の異なった方角に向けて設置して行えば、かなり再現性のあるデータが得られるでしょう。

そんな無茶な、です。

これこそ、国が資金を提供してしっかりしたベースラインデータを整備すべきです。海洋環境や底質が異なる全国の大規模洋上風力発電の建設水域のいくつかを選んで行うべきです。冗談ではなく、このくらいやらないとちゃんとしたデータは得られません。

でも実際の事業での個々の環境アセスメントではそうはいきません。限られた資材と時間で、なんとか比較対照できるデータを得て、予測に役立てるしかありません。国がやるべき大規模調査結果は、それを補完する共通の基礎となるはずです。

事業者レベルでできる、1-2隻の船と数個の水中マイクロホンを用いた簡便な計測方法のガイドラインをつくらねばならないと感じています。これから専門家の人選や研究班の組織を行っていきますが、オブザーバー参加も歓迎するつもりです。詳細が決まりましたら、あらためてこのページでもお知らせします。

いまは歯切れの良い解答をご用意できなくて、すみません。

inserted by FC2 system